「菅江真澄の道」の標柱ご存知でしたか?

 菅江真澄は今から約250年前の1754年に三河国(現在の愛知県)で生まれたといわれています。

 30歳の頃から旅をはじめ、生涯を旅に暮らした人でした。

 1784年初めて秋田を訪れ、以後青森、岩手、宮城、北海道を経て、1801年再び秋田へ戻ります。その後は生涯を秋田で暮らし、1829年仙北で亡くなりました。

 菅江真澄は旅の道すがら、各地の暮らしや習俗を深く観察し、日記や図絵などをたくさん残しています。

 男鹿半島を訪れて書いた紀行文は5編あり、「男鹿の五風」と呼ばれています。 

「男鹿の五風」とは

「男鹿の秋風」
「男鹿の春風」
「男鹿の鈴風」
「男鹿の島風」
「男鹿の寒風」

 という紀行文です。図絵も多く、当時の男鹿半島を知る上で大変貴重な資料となっています。

 男鹿市内には、菅江真澄が男鹿半島を訪れた際の足跡の随所に「菅江真澄の道」と書かれた標柱が83本、説明板が8つあります。

菅江真澄の標柱をたどる

 

市内にある標柱・説明板の地図と一覧表です。

さらに詳しく知りたい方は

市教育委員会刊行で、これらの標柱や説明板について、菅江真澄の記した図絵入りで紹介した図書があります。

  • 『菅江真澄と男鹿―男鹿の菅江真澄の道―』  B5版-63頁
  • 『菅江真澄と男鹿―男鹿の菅江真澄の道Ⅱ―』 A4版-61頁
  • 『菅江真澄と男鹿―男鹿の菅江真澄の道Ⅲ―』 A4版-76頁

 男鹿半島と菅江真澄の関わりをさらに詳しく知りたい方は是非ご覧ください。
これらの図書は、男鹿市立図書館や若美ふるさと資料館、県立図書館などでご覧いただけます。

「菅江真澄の道」探訪会

 市教育委員会では、毎年1回、これらの標柱をめぐり、菅江真澄の足跡を探訪する会を開催しています。菅江真澄研究会の先生を講師に招き、詳しい逸話やお話を聞きながら菅江真澄の歩いた足跡をめぐるというものです。毎年市内外からもご参加いただき、大変盛況です。

 今年度も開催を予定しており、詳細決まり次第、本HP、広報などでお知らせいたします。

 多数のご参加お待ちしております。