昭和(しょうわ)29(ねん)(がつ)31(にち) 船川港町(ふなかわみなとまち)脇本村(わきもとむら)五里合村(いりあいむら)男鹿中村(おがなかむら)戸賀村(とがむら)合併(がっぺい)による市制施行(しせいしこう)男鹿市(おがし)となる。
昭和(しょうわ)30(ねん)(がつ)31() 北浦町(きたうらまち)船越町(ふなこしまち)編入(へんにゅう)
昭和(しょうわ)31(ねん)(がつ)(にち) 払戸村(ふっとむら)潟西村(かたにしむら)合併(がっぺい)し、琴浜村(ことはまむら)となる。
昭和(しょうわ)45(ねん)11(がつ)(にち) 町制施行(ちょうせいしこう)により若美町(わかみまち)となる。
平成(へいせい)17(ねん)(がつ)22(にち) 男鹿市(おがし)若美町(わかみまち)合併(がっぺい)により男鹿市(おがし)となる。

男鹿(おが)地名(ちめい)

 日本書紀(にほんしょき)によると、安倍比羅夫(あべのひらふ)蝦夷(えみし)征伐(せいばつ)(658(ねん))のとき、齶田(あぎた)酋長(しゅうちょう)恩荷(おんが)がいて、この恩荷(おんが)変化(へんか)したものと()われています。