菅江真澄は今から約250年前の1754年に三河国(現在の愛知県)で生まれたといわれています。
30歳の頃から旅をはじめ、生涯を旅に暮らした人でした。
1784年初めて秋田を訪れ、以後青森、岩手、宮城、北海道を経て、1801年再び秋田へ戻ります。その後は生涯を秋田で暮らし、1829年仙北で亡くなりました。
菅江真澄は旅の道すがら、各地の暮らしや習俗を深く観察し、日記や図絵などをたくさん残しています。
男鹿半島を訪れて書いた紀行文は5編あり、「男鹿の五風」と呼ばれています。
「男鹿の五風」とは
「男鹿の秋風」
「男鹿の春風」
「男鹿の鈴風」
「男鹿の島風」
「男鹿の寒風」
という紀行文です。図絵も多く、当時の男鹿半島を知る上で大変貴重な資料となっています。
男鹿市内には、菅江真澄が男鹿半島を訪れた際の足跡の随所に「菅江真澄の道」と書かれた標柱が83本、説明板が8つあります。
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